2009年から、ここ国立本店で新しくスタートした『本のしごと研究室』では、隔週でゲストを招いて本とのつながりを考える、『本のしごとトーク』を行っています。その『本のしごとトーク』第2回目が、2月7日に行われました。
第2回のトークのゲストは、グラフィックデザイナーの中川憲造さんです。国立本店で開催していた「デザインジャーナリスト山本雅也の仕事展」に関連して、山本雅也さんと親交のあった中川憲造さんにお話を伺い、山本さんの著書『インハウスデザイナーは蔑称か』の内容とも非常にリンクしたトークでした。
開始前から、お店の中は学生や編集者、デザイナーなどの参加者で一杯に。
中川さんはとても気さくな方で、意見交換まで終始和やかな雰囲気で会は進んでいきました。

●「編集とデザインは夫婦のように連れ添っていかないと」
日本タイポグラフィ協会の会報誌「タイポクラフィックス ティー誌」。現在は200号を越えるという他に類を見ない歴史ある会報誌です。その編集長を中川さんは初代から務め、その間にデザインジャーナリストの山本雅也さんとも出会ったのだそうです。
編集からデザインに至るまでの全てを一貫してデザイナーたちが行っているティー誌。創刊当初は「デザイナーが編集や企画立案に関わると必ずつぶれる」という考えが一般的に広まっていたといいます。
そもそもデザイナーが上のように言われてしまうのは、採算度外視でクオリティを優先してしまいがちという認識から。その根本を見直し、現場レベルでのコストも考えに入れた設計をするところからデザイナーの仕事は始まっている。ものをただ作るのではなくて、問題を解決するために、何をすることが必要なのかを考える。問題を抱えている相手が訴えている症状の周辺だけではなく、他の角度からも総合的に問題を見渡して快方に向かえる糸口を探し、提案する。
デザイナーはそんなふうに、医者のような、あるいは弁護士のような立ち位置であるべきだというお話には納得してしまいました。
デザインをする行為自体が目的なのではなくて、デザインを通して何がしたいのか、ということが大切。「世の中を面白くできる中心に、デザイナーは折角いるのだから」
日本のデザイン界に今現在欠けている、あるいは不足している職業は何かというと、インフォメーションデザイナー、デザインプロデューサー、デザインジャーナリスト、の三つであり、もっと大きな目でデザインを見渡すが必要だ、と話す中川さん。日本のデザイン誌のほとんどが現在、技法の紹介が中心になっていてジャーナリズムが存在しないという状況に対する異議。
そして逆に、デザインというものを意識していない人にとっても、よりよくする、という目的が共通している以上は、その行為はデザインと呼べるということ。デザインという概念を意識したら、政治も、家事をすることも、もっと意義のあるものになる、と中川さんは語ります。
●デザインを、いま、日本語に直すとしたら
一通りお話が終わると、参加者ひとりひとりの自己紹介と質問の時間に。
さまざまな話題が飛び交いましたが、その中でも複数出てきたのは、「デザイン」という言葉をいま和訳するとしたら、もっともしっくり来る日本語は何か、という質問。時代を経て大きく変わってきた「デザイン」の意味。中川さん自身も、明確な答えはせず、それぞれが今後考えていかなくては、という話でそのトークは締めくくられました。
デザインってなんだろう、と考えるよりも、身の回りをもっと良いものにできないか、というごく基本的な気持ちから、その答えは自ずと生まれてくるのかもしれない。そう感じられた、とても深みのあるトークでした。
次回のトークは2月21日(土)、葉田いづみさんをお招きします。

















