2009年から、ここ国立本店で新しくスタートした『本のしごと研究室』では、隔週でゲストを招いて本とのつながりを考える、『本のしごとトーク』を行っています。その『本のしごとトーク』第18回目が、10月24日に行われました。

第18回のトークのゲストは、
グラフィックデザイナー・書体デザイナーの片岡 朗さんです。
文字への想いの原点
高校卒業後18歳から看板やベント会場で使われるパネルを制作するレタリング事務所に勤務。当時東京で五本の指に入ると言われていたレタリング職人の元で「ひらがなの『い』は卵を包むような感じ」等のアドバイスを受け、練習を重ねながら、書体の特徴や筆の動きを現場で体感しながら覚えて行く。そのような環境の中で「文字と向き合う事に面白みを感じた事が現在の原点になっている」と語る。
レタリング事務所から広告制作会社、広告代理店へ
次第に「レタリングを発注する側のデザイナーはなぜこのようなレイアウトをするのか?」というデザインへの興味が生まれ、広告制作会社レタリング部へ転職。デザイナーの様々な指示を反映させる為、より細かい書体の特徴や性格を学んだ、さらに、レタリングの技術を活かしデザイナーが制作したロゴの微妙な修正や、各企業の企業書体の修正の業務を担当する。
ポスターやテレビ番組のタイトル、新聞広告等の制作に携わる中で、「何故こういうデザインをするのか?」と、より強くデザインへの関心を抱き広告代理店に入社。
そんな中、写研のタイプフェイスコンテストに応募し、三席に入選。
当時、写植オペレーターの人がベタで組んでも綺麗に見えるような書体の在り方が一般的な風潮の中、翌年には四角いマスに捕われないゴシックを応募するも、惜しくも入選を逃し、本業である広告の仕事の多忙の中で書体の制作から離れて行った。
丸明朝体の構想
18年間勤めた代理店から独立し、MACを導入、早い時期にDTP環境でのデザインを始める。しかし五年程でバブルがはじけ、担当していたレギュラーの仕事がクライアントの会社の倒産とともに年々減って行く中、「自分は何をしてきたのか?という自問自答の末、文字制作をやらないと悔いが残る」と、広告の仕事の傍ら自分で書体制作を始める。
四角いマスに捕われない書体をつくろうという想いの中で、コンピューターの機能の特徴、道具の持っている機能を生かしたものは、その時代の書体になりうるのではないかという思いから、手作業では表現が難しい丸の表現に着眼し「僕の中では二十一世紀最初の明朝体という位置付けをしてました」と言うように、止め、跳ね、払いという文字のエレメントや肉の付き方に丸を取り入れた緩やかな曲線の書体の構想を練る。
仕事で繋がりのある現在のA-1の大平さん(ZENオールド明朝体の制作者)が最終的なフォントファイル化してくれるという事もあいまって、片岡さんの書体制作に拍車をかけた。
資料として持っていた夏目漱石「吾輩ハ猫デアル」の初版本を参考に、「東京築地活版製造所の築地体五号(前期)や秀英体がその時代は多く使われていて、文字の空きやバラバラした感じが良いと思いました。それらの資料を参考にスキャンして骨格をとる作業なので、この時点で二年経過しています」まさに背水の陣で必死に制作を続けたそうです。
最初は【国】や【東】等、応用が利く文字から制作を始め、気に入った文章を組むのに必要な漢字や、気分転換にひらがなを作り、二時間単位で午前午後わけて制作をするとのこと。集中力と根気のいる作業。
丸明オールド、日の目を浴びる
制作途中、アートディレクターの友人である副田高行氏に見せると「プレゼンで使いたい」という事になり、「まず使われる文字を先に制作するため、徹夜の連続だったけれど、今までの徹夜と違い嬉しかった。初めて丸明オールドが使われたサントリーの新聞十五段の広告を目にした時は、もぅ涙が出ました」と語る片岡さん。そこには気の遠くなる程の努力をしてきた人でないとわかり得ない感動があるのではないでしょうか。
その後、サントリーの広告に三年に渡り使われる事になり、デザイナーの間でもとりわけ話題を呼んだ。フォントデータとしての検証作業を経て、商品化後もキューピーの広告等にも使われ、丸明オールドはさらに広く知られる事になる。
文字制作の面白さ
千分の一の単位で太さの調整をして行く、「少しの差で見え方が変わって行くのが文字の面白い所」と片岡さん。その時の状態が影響されるので2、3日空くと千単位の感覚が狂ってしまう、毎日進める事が大事だそうです。「朝起きて仕込むようにパソコンに向かう、豆腐屋のおじさんと同じですよ、やり続ければ完成するわけですから」
書体制作の場合、モリサワ、タイプバンク、字游工房等のフォントベンダーに持ち込んでロイヤリティーを貰うのが普通。すべて個人で和文書体を作って販売している人は10人もいないのではないかというお話もありました。
又、書体を使う側のデザイナーにいじられる事については、「僕もデザインをしていた時にいじっていましたし、文字をいじられる事によってそれを見て次の書体に活かしています。文字は完成形ではない、隣にどういう文字がくるかで変わるのだから、それにたいして耐えうるかという調整はデザイナーの面白い所だと思います。いじられるという事よりも、使われたということが僕の中では嬉しい。例えば北海道の網走の人から申し込んでもらってどういう所に使うのかな?と想像する事もたのしいし、街中で丸明を発見する事もうれしい。ベンダーに渡してしまったらこの喜びは味わえなかったと思います」キーボードを叩くと文字が文字組になるように、部分から全体へと拡張して行く感動と、申し込んでくれる人の一人一人をリアルに感じれるという喜びはとても大きなものなのでしょう。
制作手順
片岡さんの資料を参考にノートパソコン上で実際に制作の手順を見せて頂きました。
「中国の楷書体の二千年の歴史を貸して頂きます」と文化庁の資料として明朝体活字一覧【1831年の康熙(こうき)字典(活字)から1986年の大漢和辞典(写植)迄の、過去の優れた書体が掲載されている書物】があり、それをベースに片岡さんが見やすくまとめられた資料を見ながら話は進んで行きます。
ここでは康熙字典の書体と、手書き文字のスキャンされた画像の二枚をハーフトーンで重ね合わせ、その中間地点をえぞり、骨格をつくり、楷書体の筆の動きや力の入れ具合を意識して肉付けする事によって普遍的な活字のプロポーションを踏まえた新しい書体ができあがるというやり方をご説明頂きました。
「過去の膨大な歴史の中の優れた遺産を借りるというこういう作り方もあってもいいのではないでしょうか、例えば自分の名前の文字だけでも制作してみたら、とても面白いと思いますよ」と片岡さん。参加者の皆さんはとても関心されていました。
丸ゴシック体

上画像カタオカデザインワークスより
先日、漢字が2種類に仮名が3種類という漢字の使い分けができるという丸ゴシックが発表された。「丸ゴシックをつくっている時に角丸がポイントで、どう思う?と色々な人に聞いた。迷う事によって画期的な事が生まれる」と片岡さん。「この部分はこだわりたいという思い、思いを伝えるぶつかり合いがないと表現として中途半端になってしまう」
「情報という文字は『なさけ』を『ほうじる』『むくいる』という事、『情け』は人間の喜怒哀楽が絡み合って生まれるもので、ポジティブな方向に自分の落としどころを持って行きたい。それは考え方の美しさ。例えば手を添えるという事だったり、思いやりだったり。理屈は届かない所、人間の持っている基本的な部分に触れざるを得ない、その部分が一番高度だと思う」と、生き方にも精通するお話、感慨深いです。

本日の大村さん手づくり給食は
・いか大根
・ほうれんそう卵焼き
・きゃべつ胡麻酢和え
・しいたけ炊き込みご飯のおにぎり
・柿
後 記
参加者の皆様が文字のデザインに関心のある方々だったという事もあり、片岡さんの資料を見ながら専門性の高いお話を聞く事ができ、とても有意義な時間でした。
改めて表現や文字のデザインは考え方の中で時に人生と繋がる類いのもだという事を実感しました。片岡さんの表現の裏側には、ひたむきにやり続けるという事が満たされていて、だからこそ感情の沈殿した部分にある美しさや暖かさといった人間の琴線に触れるようなスイッチに手が届くのだなという印象が残りました。
「制作中にパソコンのキーボードの上に倒れるように最期を迎えたい」その言葉に文字への飽くなき探究心と凝視する果てへのロマンが加味され、あぁ、この人は間違いねぇなというような敬意を抱きつつ、創作意欲がとても刺激されたトークでした。
お越しいただきました片岡さん、そして参加者の方々、誠にありがとうございました。
本のしごと研究室 研究員 原田光丞

















